伊東を掘りおこそう!

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ブランドの作り方

伊東ブランド研究会の武智一雄です。
今回は伊東の推しではなく、ブラ研の振り返りをします。
2019年に発足したブラ研も5年半が経過しました。
これはブラ研のメンバーであり、後述する市民向けモニターツアーでのリーダー的なポジションを担った私の反省であり、他者を批判するものではありません。チームとして、理想的な成果に辿り着けなかったのは私の責任です。
そして、これを読む誰か、未来を担うあなたが先人の失敗例として、役に立ててくれることを切に願います。

1 ブランドとは

図1

『ブランドの語源は牛に焼印をつけること。他人の牛と明確に区別するために始まりました』
第一回目にそんな話がありました。
その時、私を含めて、集まったメンバーは『自分たちで伊東の刻印を考えるんだ』とワクワクしました。
強いブランド力があれば、流行りに流されて右往左往するようなプロモーションをしなくても勝てる!つまり、将来的に無駄な広告コストをかける必要がなくなる、言い換えれば、無駄な戦いを『戦略』的に省くことができると。

2 過点到達

2021年7月に伊東市観光ブランドブックが完成。
ブラ研は行政の予算や枠組みでの活動です。『ブランドブックを出す』というのは課せられたミッションでした。メンバーは仕事として対価はいただいておりませんが、自分の街の未来のために真剣に議論し、掲載のネタを考え、完成の日の目を見ることができました。
もちろん、多くのメンバーの合議であり、全ての人が全ての内容に納得するものは不可能ですが、それでもミッションをクリアでき、目標にしていた通過点に到達できました。
ブランドブックの発刊は目標であり、通過点。目的はインナーブランディングです。『どうやって市民に普及、啓蒙するか』という手段を考え、実行していく次のフェーズが重要です。
学校で講座をする、市内メディアとタッグを組むなど、様々なアイデアが発散されました。
今一度、原点に立ち返ると、ブランドを作るとは何なのでしょうか。
仮に『刻印のデザインを決める』のであれば、一応、ロゴは作られています。先ほどから、何度か出ている『ミッション』という言葉。ストレートに言えば、三年間の事業の成果として、ブランドブックを出さねばならないというものなのです。
我々は『伊東のブランド価値とはこういうものだ』というは明確に言語化されたものもないままに、この到達点を通過してしまったのです。
それが絶対に間違っているとは今も思いません。
ブラ研のメンバーだけが伊東のブランドを決めることが唯一の導出方法ではなく、伊東市民というインナーブランディングの最重要ターゲットに対して、『我々の、伊東の、ブランドとは何か?』を問いかけることで、そこから出てくるアイデアや概念がブランドになっていく、むしろその方が広いマクロ視点で捉えられたブランドになるとも言えます。

3 男時・女時

男時・女時とは。
能楽師・世阿弥の遺した言葉で「男時(おどき)」とは、状況が自分に有利な方向にあるときのこと、逆に相手が有利なときを「女時(めどき)のこと」。男時、女時は避けることができず、人の力ではどうにもならないということ。要は流れやタイミング。
時はコロナ禍。苦しい観光関連事業に対して、様々な補助金事業がありました。
『ブラ研も何かトライをすべき』という機運の中で、補助金を獲得し、プロモーションキャンペーンを打つことにしました。
今思うとここが大きな潮目だったのかもしれません。
観光は当然、外からのお客様を呼ぶことが大前提。ただ、コロナという時節柄、マイクロツーリズムと呼ばれる身近な魅力を見つけるという観光が推奨されていたタイミングでもありました。
結論から言うと、そこに上手く乗り切れなかったように思います。
敗者というのはいつだって、失敗を時代やタイミングのせいにするもの。
負け犬の遠吠えを聞いていただけるなら、以下へ。

我々の企画は市民限定のバスツアーでした。伊東ブランド研究会市内の各所、穴場と言われるような場所をたくさん含むツアーで、まさに伊東市民自らが『伊東を掘りおこそう!』、魅力を再発見しようという狙いでした。
『ブランドブックができました』という文字も入ったラッピングバスも走り出しました。
ツアー内容の方も朝6時からミーティングをし、メンバー自身が探し、交渉や実際に行ってみて安全性を確認したりと短い準備期間にしては一生懸命動き回りました。
伊東の観光の軸である宿泊事業に従事する方向けのモニターツアーは決行されました。そこでの反省を踏まえ、ブラッシュアップし、いざ、一般市民向けのツアーの直前になり、市内でコロナの罹患が急増。
悩んだ結果、そちらは中止という選択をしました。
このときの判断、もっと的確な言葉では、このときの決断は間違っていたのか、間違っていなかったのかはわかりません。

そしてまさに今、新たな『伊東を掘りおこそう!』というキャンペーンが実施されています。
でも、これって当初、我々がしようとしたブランディングなのでしょうか?
『伊東のブランドって何だ?』『魅力とは?』
その答えを市外の観光客、つまり、消費者側に委ねたキャンペーンになっているように感じます。
もし、我々が伊東マーケティング研究会だったら、これはこれで全然あり。
しかし、我々はブランド研究会。自分たちがどうあるべきかという困難な問題に取り組み続けるべきなのです。男時と女時が目まぐるしく変化する状況で、目的と手段を履き違えています。
ここで言えることは、伊東市のあるべき姿を定義する前に、ブラ研のあるべき姿を定義しきれなかったのが失敗の本質かもしれません。なぜブラ研は存在するのかが見えなくなっていき、そういう理由もあり、メンバーシップ、つまり、取り組む熱も冷めていったように思います。
もちろん、失敗の要因はそれだけではありません。たくさんあります。
まちづくりの成功譚は書籍やネットでたくさん見れますが、失敗を、敗戦を多く外に語る機会はあまり与えられることがないので、興味がある人は私に聞きにきてください。これからの未来のために喜んで語ることにします。

4 何年か後の君へ

何年後かの君へ
『ブランドの語源は牛に焼印をつけること。他人の牛と明確に区別するために始まりました』
第一回目にそんな話がありました。
その時、私を含めて、集まったメンバーは『自分たちで伊東の刻印を考えるんだ』とワクワクしました。
刻印・・・・・
刻印ーーーーー
刻印?
刻印?

焼印じゃねーか・・・どあほう!!
あれこれと刻印の図案を考えることと同じくらい、否、それよりもっと大事なことは熱だったと今は確信しています。
どんな立派な意匠の刻印を作ろうが、鉄が熱く赤くなるほどの熱量がなければ、焼印は打てません。
ブランドが自然に認知されていくというのは間違いで、気合いや根性がなければ、ただのデザインにすぎません。
ならばむしろ、中途半端な出来だったとしても、仮に別の焼印に似ていたとしても
『これが伊東だ!』
『どっかと似てる刻印?知らねえ!これは間違いなく、うちのもんだ!』
と熱く、力強く、覚悟を持って焼き付けることを忘れないでください。
何年後かの君へ、あるいは何年後かの俺自身へ

この記事を書いた人 伊東市ブランド研究会 武智一雄

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